Introducing Surfboards by Mitchell Rae

ライドではこの度、オーストラリア NSWミッドノースコースト在住のミッチェル・レイがシェイプする Outerislandsurfboardsを日本国内において「Surfboards by Mitchell Rae」として販売を開始いたします。

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2004年ミッチェルさんを訪問

1969年にシェイプを始めたというミッチェルさんはコンケーブ、ダウンレール、ハードエッジなどモダンサーフボードデザインのパイオニア的な存在のシェイパーであり、エリス・エリクソンをはじめとする若手の指導者としても尊敬を集めています。

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ミッチェルとエリス


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先日届いた第一弾のShaped Blanks
左から
Outer Fish 2 V2 Flex 6'10, 7'0
Ship Wrek 7'10
Super Mal 8'4

今回の初入荷モデルの詳細はまたあらためて。

そしてミッチェルさんがシェイプしたブランクスを日本国内でラミネートする工場はなんとBasic Plastic。YUファクトリーです!自社レーベル以外をラミネートするのは今回が初めてです。

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先日来日を果たしたミッチェルさん。YU、RUと初対面。


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フレックステールはオーストラリアでミッチェルさん本人がラミネートいたします。

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植田さんとMitchellさんは同年代。長くこの世界で生き、サーファーとしてもインドネシアの開拓時代からハワイノースショアと同じような経験を重ねてきた二人。初対面でしたが話題は尽きることなく昔話に花が咲いておりました。Rio君、私にとっても非常に興味深い話を聞くことができました。

「ミッチェル・レイは空港の書類に職業を「サーフボードシェイパー」と記入しているかもしれないが、特徴的な「スピリット・アイズ」をあしらった彼の象徴的なボードは、単なる発泡材とグラスファイバーの塊などではない。そこには「アーティスト」、「彫刻家」、「科学者」、「デザイナー」、「予言者」など、彼の職人としての多才な才能が詰まっているのだ。

ミッチェル・レイは1955年、60年代のオーストラリア・サーフィンの中心地であり、ミジェット・ファレリー、ナット・ヤング、ボブ・マクタヴィッシュといった面々が頻繁に訪れていたディー・ワイ・ビーチで生まれた。丘を越えたブルックベールは、オーストラリアのサーフボード製造業界の拠点であり、バリー・ベネット、スコット・ディロン、ビル・ウォレス、ゴードン・ウッズといった当時の象徴的なブランドが互いに競い合っていた。こうした才能の宝庫に囲まれて育ったミッチェルは、同世代の中でも屈指のサーファーへと成長した。彼は12歳の時、友人の物置小屋で初めてのボードをシェイプし、製作した。

ボードメーカーのグレン・リッチーとデビッド・チッジーとタッグを組み、1969年にアウター・アイランド・サーフボードを設立した。彼らは、ニューポートのピットウォーターを見下ろす、伝説的なサーフロックバンド「タマン・シュッド」の自宅で、斬新で革新的なデザインのボードを作り上げていたが、その後、シドニーのノーザン・ビーチズにあるパームビーチの「ゴーズ・ボートシェッド」内、ミジェット・ファレリーの古い小屋に移った。工場の「グロム(若き見習い)」として、彼は何でもこなす万能少年だった。ストリンガーをブランクに接着し、グラスファイバーを貼り、すべてのボードを研磨・磨き上げると同時に、自らも数本のシェイピングを手掛けた。60年代後半、ほとんどのボードがロールボトム、楕円形のレール、Sデッキを採用していた頃、アウター・アイランドのクルーは、深いシングルコンケーブにダウンレールとハードエッジを備えたボードを製作していた。コンテストシーンから身を引いたミッチェルは、この革新的なディープコンケーブ・ハードレールデザインのテストパイロットとなった。50年以上前のこの始まりから、ミッチェルは初期のデザインの方向性を追求し、洗練させ続けてきた。シングルからダブル、トリプル、そして様々なコンケーブ構成を開発し、それらは今日、世界中のシェイパーが使用するハイパフォーマンスボードの定番となっている。

ミッチェルは『モーニング・オブ・ザ・アース』が制作された年、初めてバリ島を訪れ、インドネシアの先駆者の一人として、外洋の島々を広く旅し、サーフィンを楽しんだ。そこは、反応性を損なうことなくスピードを最大限に引き出すことに重点を置いた彼のデザインを試すのに、まさに理想的な環境だった。

ミッチェルは1972年に初めてバリを訪れ、地元の漁船の船首に描かれた目を見たことをきっかけに、自身のボードのノーズに特徴的な「スピリット・アイズ」を描き始めました。このコンセプトに触発されたミッチェルは、彼のボードの代名詞となったトレードマークの目をデザインしました。バリの民間伝承には、海には悪霊が満ちているという信仰があり、その多くは泳げなかった地元の漁師たちは、カヌーの船首にある目が悪霊から自分たちを守り、「ジュクン」に命を吹き込み、生き生きとさせるものだと信じていました。レイは、この目を「スピリット・アイズ」と名付けました。それは、この目がボードを単なる発泡材やグラスファイバーの域を超えた存在へと昇華させると信じているからです。

彼は1970年代初頭、ノースコーストへ移り住んだ第一世代のサーファーの一人だった。その後、ハワイへ渡り、ミニガンやガンのシェイピング技術を磨いた。ジョージ・グリーノーのフレキシブル・スプーンに感化され、ミッチェルは50年にわたるフレックス(しなり)の探求に乗り出した。

彼は、カーボンファイバー、ハイエンド樹脂、EVAフレキシブルフォーム素材を用いた複合構造を採用し、フレックス・テールの設計と製造技術において先駆的な役割を果たしてきた。


「フレックス・テールは可変的なカーブを持ち、ターン中に力を入れるほど、より鋭い弧を描きます。まるでイルカの尾びれのように、ターンから抜け出す際の推進力、ドライブ感、そして加速を生み出します。まるで柔軟なブレードに乗っているような感覚です」

ミッチェル・レイは、ルーク・イーガン、トム・キャロル、ラスタ、パーコ、ドリュー・コートニー、デレク・ハインド、カイ・オットンなど、世界トップクラスのサーファーたちのボードを数多くシェイプしてきました。

ミッチェルの情熱の一つは、バルサ材を使ったボードの製作です。彼は毎年、厳選された顧客のためにごく少数の傑作を生み出し、真珠母貝のロゴやインレイを施して仕上げています。国内の賞を受賞したアーティストでもある彼は、趣味として絵を描いたり、絵画を楽しんだり、ギターを弾いたりして、楽しみやリラックスの時間を過ごしています。

現在、ミッチェルはニューサウスウェールズ州のミッド・ノース・コーストに在住し、世界中の顧客のために、数に限りがある精巧な特注ボードを製作しています」

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ブログではこれからSurfboards by Mitchell Raeのモデルやその乗り味などを紹介していきます。
また、今回持ち込んだ初回のラミネート分の仕上がりも楽しみにお待ちください!

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